私は社会人をやめて28歳でロースクールに入学しました。
ここでは司法試験を目指すと決意してから合格するまでの大まかな流れを振り返ってみようと思います。これから司法試験を目指そうと思っている人の一つの参考になれば幸いです。
まずは仕事をやめてからロースクールに入るまでを振り返ります
私は会計士として監査法人で働いていましたが、法律を学んでみたいとの意欲があり、司法試験に挑戦することにしました。特に弁護士になってなにかやりたいこと等、野望があったわけではありません。少なくとも監査法人で3年間働いてみて、会計士として目指したいことは特に見つからなさそうだな、という踏ん切りがついたのが大きかったです。
ロースクールに入学する1年前から、法学の勉強をスタートしました。
監査法人が激務だったこともあり、スパッと仕事を止めてとりあえず専業を選択しました。
といっても退職してすぐに勉強を開始したわけではなく、1か月くらいは釣りをしたりとのんびりしていました。1か月くらいすると徐々に社会からの疎外感を肌身で感じるようになり、司法試験に向けた準備を開始しました。
ますは伊藤塾に申し込みをしました。基礎マスターコースで130万円払いました、当時は生きている中で一番高い買い物だったと思います。
今振り返るととりあえず仕事をやめて伊藤塾に申し込むあたり、計画性があるようでなんもなく、今なら取り得ない選択ですが、20代中盤かつ独身だったこともあって、けっこう思い切りのよい選択をしたと思います。
もちろんリスクのある選択ではありますが、リスクがあるからこそ考慮要素を上げればあげるほど、会社をやめるという選択は取り得なかったと思います。自分は比較的慎重な性格ですが、将来のリスクを考えれば考えるほど、行動に億劫になってしまいます。そんなときは自分のやりたいことに殉じてみることもよいのかと思います。
そこからはひたすら伊藤塾の基礎マスター講座を受講してまずは授業を消化することに努めました。
来る日も来る日も授業を受けて復習の日々。周りは学生で一回り歳も離れていますから、なかなかしゃべる機会もなく、元来の引っ込み思案の性格も相まって、伊藤塾では一人も友達ができませんでした。
とりあえずは予備試験に向けた勉強を開始して半年程度経過した頃、伊藤塾にいるのもなんだか辛くなり、吉祥寺に自習室を借りて勉強を開始しました。
今振り返っても受験勉強中の吉祥寺の自習室は辛い記憶があります。
午前中から自習室に行って、90㎝区画の区切りの中でひたすら勉強に励む。周囲に友達ができるわけでもなく、いい歳して昼過ぎから自習室で過ごしている他人をどこか牽制しあっている感じ。
喫茶店に行ったり図書館に行ったりしても、どこか落ち着かない。私は西の方に高校があったので、何かと吉祥寺で遊ぶ機会があった。高校のときの彼女ともよく遊んだ記憶がある。また幼少期も吉祥寺近辺に暮らしていたので何かと思い出がある。
そのような吉祥寺が、はっきりとしたコントラストを持って自分に迫ってくる。この職もなくあてもない自分に対して。それがなんだかとても辛かったです。
ストレスで体が熱くなって勉強に集中できなかったのは、やはりあの吉祥寺の自習室です。
このような状況で私は吉祥寺のピンサロに通って自分を慰めていました。それがまた惨めな自分に磨きをかけるんですよね。ある意味落ちるところまで落ちてやろうという感覚がありました。
今は閉店しているみたいですけど、コペという定食屋でよくご飯を食べていました。昭和のスナックを定食屋として営業しているお店だったんですけど、廃れた自分にはよく合う空気感だったんですよね。ランチも手ごろで、よく通った。
帰りは1時間くらいかけて、家までよく歩いて帰っていました。運動不足もあって、歩きながら音楽を聴いていました。よくわからないけれど、レアグルーブをよく聴きました、jimmy macgriffとか。放っておくと沈みがちな気分を何とかアップテンポな曲でごまかそうとしていたような気がします。
周囲が働いている中で、なかなか友達に会うのも億劫になってくるんですよね。やはり話題は仕事の話や家庭の話が中心になる20代後半で、仕事も家庭もない自分は特に語らいあいたいこともなく、友達との連絡も途絶えがちになりました。
当時、唯一連絡をとっていたのは大学時代からの友人であり、釣り仲間でもあるO君でした。彼とは2か月に1回程度、長野や栃木に釣り旅行に行ったりと、良い息抜きになっていました。O君とは、主に釣りの話や音楽の話、風俗の話ばかりしていました。先ほど挙げた家庭の話や仕事の話はほとんどなく、そういったところに救われていたような気がします。
社会から訴外された生活をしていると、些細な繋がりでも救われるというか、ぎりぎり自分を保つことができていました。
そんなこんなの生活が半年程度続き、当初は予備試験でいこうと目論んでいたものの、急がば回れでロースクールに入った方が確実に司法試験に挑戦できるのではないかということに思うに至り、急遽、ロースクールへの入学を決めました。確か秋口だったように思います。
当時、ロースクールは夏入試が一般的だったので、思いついたときには大半のロースクールの募集は終了していました。限られた冬入試のロースクールを見つけてきて、とりあえず全て受けて、1年間の勉強の成果もあってか、なんとか既習で入学することとなりました。
そのような特段の計画性もなく、とりあえず受かったロースクールに入学することとして、引き続き吉祥寺のロースクールに通う日々。ただ、ロースクールへの入学が決まってからは、社会との繋がりもできたためか、自習室内でストレス熱に煩わされることもなく、虚ろにピンサロに通うこともなく、いくぶんか安定した生活を送っていました。
とりあえずここまでにしますが、社会人が何かしらの資格を目指すときに言えることは、勉強をするにしても、薄くても良いので社会との繋がりを保つことが、時間はとられるかもしれないけれども、自身の精神衛生上、間違いなくよいということです。
次回はロースクール生活の1年目を振り返ろうと思います。
以上
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